あと1週間

この1年、よく頑張ったと思う。

この手の通勤時間、札幌から岩見沢まで通ってた時と同じくらい?

空いてる電車で余裕で座って1時間と、満員電車で立ったまま1時間とではストレスが全然違うけどね。

しかし、日々のストレスだろうが、毎日5時間睡眠だろうが、幾つもやる事が重なって大変だろうが、他人には関係ない。容赦もない。知ったこっちゃないんだなと痛感する。

休むな、寝るなと言ってるのに等しい事を言っておいて、こんなに短期間で素晴らしい物を作ってくれて、素晴らしい技術をお持ちですねと心にも無いお世辞を言ってきたけど、実際そう思っているとはとても思えない。

1つ終わるとまた1つ、何日か置きにチマチマと思いつきで言ってくる修正と不毛なやり取りに耐えきれず、今後の修正は有償で、と伝えると、了解です。またご縁がありましたら…と予想通りの返答。

そこにすべての本音が詰まってるよね。

WordPressか否か

リニューアルを検討中のサイトについて、フルCMS化するかどうするか、ずっと決め兼ねている。
確かに、CMSだとどこにいてもお手軽に更新ができる。
いろいろシステム関連で便利なツールが出回っていて、ノウハウもネットや書籍で数多く得られる。
ただしリスクもある。
プラグインの干渉やFuncitionの記述ミスでトラブルで、かんたんにサイトの表示が止まってしまう。
設定の記述が合わなくてエラーに見舞われ、慌ててFTPでファイルを上書きして戻すなんてことはしょっちゅう。
静的サイトのほうが、FTPが使える状況にあるかぎり更新も手っ取り早いし、バックアップはいつでも手元にあるのがいい。
うーん。
まぁ、現状維持でいくか。

「自己否定」的な思考回路

「それは、セルフエスティームが足りないのかな」

と言われて少し考えてみた。
確かに私は子供の頃からあまり自己肯定ができていない。
自分のやることを親が肯定してくれる機会が少なく、それに反発できる強さも持っていなかったからだ。
「こんなことをしたら嫌がられるよ」「そんなんじゃ嫌われるよ」ばかり言われ続けたし、テストでいい点数をとったとか、保護者会で先生に褒められたとか、何かを上手に作ったとか、そういうこと以外で親に褒められた記憶がない。
とりわけ性格や行動面においては、いつも妹や従姉妹や同級生など、身近な女の子と比較されて否定され続けていた。もちろん、妹も同じように比較されていた。親にすれば、「ほら、誰が1番乗りかな、負けるな頑張れー!」ってハッパをかけてたんだと思うけど、大勢の兄弟ならともかく、2人きりでそれをやったらライバル心しか育たないから、姉妹の仲が良くなるはずもない。いつも「うちの子たちはなんで仲が悪いのか」と愚痴っていたけど、そりゃーね。
母がそういうふうになってしまったのは、環境のせいもある。女きょうだいの末っ子で、上の姉とは親子ほど離れてた父に嫁いで、明治生まれの祖母や叔母に気を遣って、子供が迷惑をかけないようにと気持ちが張り詰めてたんだろな。その頃の私にはそんなことを思いやる知恵もなく、迷惑ばかりかけてたけど。
不思議だよね、ああしてはいけない、こうしてはいけない、って言われた子供が「いけない」と言われることをやってしまう。
それって、自分で判断することをやめてしまうからじゃないのかな。

そんなわけで、自分の子供には誰かと比較して競争心を煽って無理をさせたり、欠点を直させようとか思ったり、弱点をつついて凹ませたりせず、その子の良さを認めて褒めて育てるぞ!自分に絶対の自信を持つ子供になってくれるようにするぞ!と思ってきた。
言ってきたのは「将来自分が困ること、後悔することはしないように。馬鹿なことをやって困るのは自分だよ。将来何を仕事にするかは中学のうちに決めた方がいいよ」とだけ。
幸い、持って生まれた天性なのか時代のおかげかわからないけど、ふたりともそういう心配もなく成長してくれた。
息子に至っては自分の誕生日に「オレ様発生」なんて書くほどで(笑)

しかし、私自身はといえばこんな年齢になってもまだ子供の頃のことをこんなふうに書くほど引きずっている。

自己否定をしてしまうの心理と原因・自己否定をやめる方法

自己否定は幼少期の教育が原因?

自己否定をする人の多くは、小児期の両親からの教育の影響を強く受けていると言われています。幼児期に両親が子供を褒める行為は、子供の自己を安定させ、自尊心を高めることができます。

例えば、この親がしてほしいことを子供がやったとします。子供は親が賞賛することによって、何をすべきかと思って必死に行動し、子供は自分が認められたいと思い、褒められる為必死に行動します。 しかし、両親が子供の成果を納得せず、さらに高い目標を何度も課すと、いつか子供の心が壊れてしまいます。心がパンクしてしまった子供は無関心になってしまうのです。いつしか「この程度ではダメなんだ」と思うようになってしまのです。

つまり親からの強い否定や先生、大人から「なぜみんなはできているのに、お前だけできないんだ」「お前はできない人間なんだ」という否定を強く植え付けられることによって、「自分はダメなんだ」「自分はできないんだ」「できない自分が嫌い」という思考になってしまう人が多いのです。

 

自己否定をする人の特徴

・「何をやってもダメ」「自分はダメな人」だと思いこんでいる。
・いつも自分と他人と比べてしまうクセがある。
・親や他人に褒められたことがない。褒められるのが怖い。
・自分は完璧な人じゃないとダメだと思いこんでいる。
・ダメな自分が嫌いであること。
・物事を深く考えすぎて、結局自分はダメだと思いこんでしまう。
・例えできたとしても人から「ダメな人間だね」といわれるのが怖い。

うわ・・まさにこれだ。

常に『自分はできる』という思考を持つ

いや、それは無理。
できるかも?と思ってやってもできないことが多いと挫折感ばかりで、もう、できる気がしない。

 

失敗続きで「やっぱり自分はダメじゃないか」「やっぱりできないじゃないか」と思わないことが大切です。
逆に「苦手なことを頑張った自分はすごい」と思うことが自己否定のループを軽減させるのです。

うっ・・・心を読まれてる?(汗)

 

特に自分の欠点ばかり出している時間はよくよく考えてしまうと、無駄な時間だということに気が付きます。そんなことをしている暇があるのなら、好きなことをしたり、今日自分ができることに時間を割いたほうが、より良い人生の時間となるのです。

(中略)

自己否定をしている人は物事を難しく考えすぎていることが多いです。なぜなら、慎重になるあまり、他の人からしてみれば難しく考えなくて済むことなのに自己否定が強い人は、ものすごく難しく考えてしまいます。結果的に自分はできない。自信がないと思ってしまいます。

あーーー、これは・・・あるね、うん。確かにあるある。
なんだろうな。ダメなときって、がんばってもがんばっても空回りしてるっていうか…そもそもがんばれてないような。
なんともいえないアウェイ感と、カラカラと一生懸命輪っかの中を走り回ってるハムスターのような感じ。
いや、ハムくんはあれで、ちゃんと達成感を感じてるのかも知れないんだけど。
自信がないとか自分は必要ないんじゃないかなとか、そんな考え方は、傲慢であり、周囲に対して失礼だってことは重々理解しているのだけど、どうしても背伸びしては転んでしまっているような。もうそろそろ、無理しなくていいんじゃない?できない無理をしろとか誰も言ってないんだし。むしろ自分で「できるかもしれない」程度のことは「できない」とハッキリ見切らないとダメ。
いろいろとフォローして下さっている周囲の方々に感謝しつつ、確実にできること、やるべきことから片付けていけば自信や実績はあとからついてくるものなんじゃないかな。

はっ!これって、その昔自分が誰かにアドバイスしたことではないか。何やってんだ、私。

それは「甘え」なんだ

最近「いいな」と思った記事を2つ。

「まぁ、こんなこと言ってもね」と思いながらもつい口から出てしまう愚痴。
問題の背景がわかる関係者に話してしまうと、その人が親切な人であればあるほど「私は困ってる。なんとかして欲しい」という訴えとなってしまう。

その結果、相手の方は改善要望として受け取り、どうにか解決してあげようと一生懸命動いてくれることとなる。

時々、どうしたらいいのか迷うことがある。

そんな時に「私はどう動けばいいですか?」と前置きしてから相談すればいいものを、いきなり悩んでいる内容から話すものだから、かなりびっくりされる。なぜそういうことが起きるのかと言うと、WEB関連の業務は多岐にわたりすぎて、規模によっては1人の能力では到底対応しきれないということが、業界の人にさえちゃんと理解されていないのだ。

たかだか20年程度の業界だから、分業体制ができてないのは仕方ないのかも知れないが、印刷業界では制作は他のセクションとは完全に切り離されていたから、良かったな、などと懐古的なことをつい考えてしまう。

すっかり脱線してしまったが、愚痴に関するこんな笑い話がある。

これは聞いた話なので当人のことは全然知らないのだけれど、嫁いだばかりのお嫁さんが夫に、同居しているお義母さんが電子レンジを使おうとするといい顔をしないので使えない、と愚痴をこぼしたところ、翌日家族で食事をしている最中に、夫が唐突にこう言ったそうだ。

「なあ、電子レンジ使わせてやってよ」

愚痴ったのがバレバレである。これではお嫁さんも立場がない。そんなことを望んでいた訳ではないのだろうが、改善を望んでいないのなら言うべきではないし、電子レンジを使いたいのなら「使わせてください」とちゃんと自分で伝えるべきだ。

つい最近、「実力不足で戦力になれず申し訳ない」と努力が足りないことへの言い訳のようなことを言って、多忙な人に気を使わせてしまい、ひどく反省した。そんな弱音を吐く時間があるなら努力しようよ。

その後の自己嫌悪によるストレスたるや相当なもので、もう凹みまくり。

そんな時に読んだのがこの記事。

愚痴を言わない人になる方法は?私も昔は言ってました

「愚痴が出る理由は、自分が一切がんばろうとせず、他人にがんばってもらおうと期待しているから」

といいう言葉に目が覚める思いだった。
もともと、愚痴がストレス解消になるとは思っていないが、ついつい自信喪失よるマイナス思考が堂々巡りをしてしまうことがある。
自信が持てないのは精一杯努力をしたと言えないと自分でわかってるからなんだよね、たぶん。
そして言い訳する自分に嫌悪を抱く。やめよう、そんなこと。何の解決にもならないもん。

才能がないから」って言う人は!武井壮の言葉にハッとする

武井壮という人は本当にすごい。そして面白い人だ。
あらためて「努力」というより、全力で邁進することが子供の頃から日常となっている人で、何をするにも徹底している。肉体構造を徹底的に研究して身体能力を鍛えたり、猛烈に勉強して学費を浮かせたり、とにかく目標に向かって突進する人。

そう、目標に到達できるまで努力すればいいんだよね。
階段を1段上がったら、次の1段。そうやって、気の遠くなるような長い階段もそのうち上がりきることができる。諦めなければ叶う。そういうこと。